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飛騨にありて福島を思う

休日の夜にゆっくりと聴きたい曲 3選

新年度が始まってもうすぐ1か月。新しい生活に慣れてきたと同時に、溜まっていた疲れが出てくる時期だろう。せめて休日はゆっくりと過ごしたい・・・そんな夜のお供にぴったりの曲をご紹介。

 

1.Be Happy / Mary J.Blige (1994年)

「クイーン・オブ・ヒップホップ・ソウル」ことメアリー・J・ブライジの代表曲のひとつ。静かに、しかし力強く迫ってくるこの曲は、聴けば聴くほど染み込んできて癖になる。Life is too short to be tryin' to play some games.

Be Happy

Be Happy

  • メアリー・J. ブライジ
  • R&B/ソウル
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

 

2.Boo'd Up / Ella Mai (2017年)

新進気鋭のR&Bシンガー「エラ・メイ」を一躍有名にした曲だ。新しいのにどこか懐かしい雰囲気が心地いい。第61回グラミー賞で最優秀R&Bソング賞に選ばれたこの曲は、どこかで耳にしたことのある人も多いのではないだろうか。

Boo'd Up

Boo'd Up

  • エラ・メイ
  • R&B/ソウル
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

 3.Touch My Body / Mariah Carey (2008年)

マライア・キャリーのセクシーさが溢れる一曲。ささやくような声としっとりしたメロディーラインに癒やされる。そんな曲調とは裏腹に歌詞はかなり情熱的。気になる人は和訳してみては。

Touch My Body

Touch My Body

  • provided courtesy of iTunes

 

 音楽の力も借りて、ゴールデンウィーク前の今週も頑張りましょう。

 

ミスは忘れたころに返ってくる

先週から、僕と同期の何人かで、とある1種類の製品を先輩の指示を仰ぎながら作っている。材料の段階から約2週間で納品というスケジュールの中で、ようやく製品の塗装までこぎつけた。一時は終わるのかと不安になったが、何とかなりそうだ。

 

もちろん、一つ一つの品質や作業の速さに関しては、先輩方には遠く及ばない。当然失敗も多く、けっこうお叱りを受ける。

 

特に自分自身、注意しなくてはならないと強く感じたことは、ミスは挽回できるときに挽回しておかないといけないということだ。一つの製品を一貫して担当すると、ミスは巡りめぐって未来の自分に返ってくるということが痛いほどわかった。

 

例えば、製品のパーツの加工時にできた欠けやキズは、気づいたら即、その場で修正するか、あきらめて破棄するのが正しい選択。これが組み立て・接着後は修正のしようがないことが多く、最悪の場合一つのパーツの不具合のためにその製品全体を破棄せざるを得ないこともある(というか今回そうなった)。

 

また、同僚の塗る接着剤の量が少し多い気がしていた。しかし少ないよりはいいだろうと思い、特に指摘をしなかった。すると後日、はみ出た接着剤を掻きとる作業が生まれ、それにかなりの時間を割かれてしまった。あのとき指摘して調整していれば・・・作業中に生じた違和感は、いつか表面に出てくるのだと思い知った。

 

風が吹けば桶屋が儲かるということわざがあるが、ミスについても同じことが言える。一つのミスは、一旦目の前から消えたように見えても、巡り巡って最終的には別の形で表に現れる。ミスの前には、もう観念するしかないのだ。

 

今やっている塗装の段階は、ただ塗料を塗るだけの作業にあらず。傷や欠け、へこみに気づいて修正ができる最後のチャンスだ。やはりここにきて、過去に置いてきたと思われるミスややり残しが目の前に現れ始めた。一緒に担当していた同期とも、あの時の傷だねと顔を見合わせている。お互い、傷には気づいていたのだ。

 

今回の反省を踏まえ、もう一度同じ製品を作ってみたい。

おそらくどうやってもミスは生じるだろう。しかし今は、どのタイミングで何に気を付けるべきか、ミスが発生したときにどう行動すべきか分かっている。今度は、風が吹いても、桶屋は儲けさせない。ミスによる被害を最小限に食い止め、品質とスピードを両立させたモノづくりがでいるようにしていきたい。

優秀な人ほど目立たない

プロスポーツ界においては、優秀な審判員ほど目立たないと言われている。

彼らは一つの試合の中で下す何十回、何百回というジャッジの中で、一つのミスも許されない。正しくジャッジして当たり前という職業だからだ。

今や世界中のプロスポーツをインターネットを介して視聴できる時代。たった1回でも誤審をしようものならば、その姿は瞬く間に世界中へ配信され、「疑惑の判定」とささやかれ続ける。大舞台の試合ならなおさらだ。審判員の方々のプレッシャーや心労は相当なものだろう。円滑な試合進行に感謝である。

 

ところで、優秀な人ほど目立たないというのは、様々な世界に当てはまることだと思う。

というよりも、数少ない失敗ばかり取り沙汰され、あたかもその一面がその人の全体像であるかのように印象付けられてしまうことが多い。

 

例えば公務員の世界。

僕自身の行政経験を踏まえて考えてみると、公務員という仕事も「出来なければ当然叩かれる、でも出来てもそれは当たり前」の世界だった。内部からも外部からも、成果に対して正当な評価がなされにくい世界という印象だ。

一般的に、公務員は楽してそれなりの給料と休みを貰っていると思われがちだが、官公庁の運営が(不十分な部分はあるにしても)崩壊していないのは、各職員の地道な仕事の集まりで成り立っているからだと思う。

(なお、僕自身は公務員の世界について物申したいことがたくさんあるが、ここでは言わないでおく。)

 

結局のところ、何かが目立つということは、僕たち人間が常に刺激を求めているからなのだろう。変化のない世界には誰もが飽きてしまったのだ。だから芸能人のスキャンダルはいつの世もウケがいいし、ワイドショー番組はなくならない。

一方で、出る杭が叩かれる社会である日本において、出ていない杭にスポットライトが当たることはあまりない。

 

目立たなければいいということではない。変化を恐れ、他人の顔色をうかがう人間で満たされた社会が健全だとは思わない。

それでも、真面目で勤勉、コツコツ積み重ねる日本人像は確かに存在する。それは非常に素敵で誇るべきものだと思うし、そういう人間が集まって社会は成り立っている。そして、そんな人間がもっと正当な評価を受ける世界であって欲しい。

 

最後に、手塚治虫の漫画「ブラック・ジャック」に「六等星」という話を紹介しよう。ブラック・ジャックが出会ったとある優秀な医師は、病院内では全く目立たない存在で、本人にも出世欲は無く、誰からも認められていない存在だった。しかし、とある事件をきっかけに、この医師は評価されることになった。

六等星とは、肉眼で確認できる中で最も暗い星。しかし、その星は自分たちから遠く離れたところにいるだけで、実際はもっととてつもなく大きな星かもしれないとブラック・ジャックは言った。

 

僕たちの周りには、六等星が溢れている。一等星の存在は、六等星、いやそれ未満の無数の星があるからこそ。

光らぬ星に、光を。

建築は芸術だ!

現在住んでいるシェアハウスには、自分と同じ工房で修行をしている同期がいる。

彼は大学で建築を学び、木工の世界へやってきた。将来的には、建築家やデザイナーと組んで仕事が出来ればいいなと語ってくれた。

 

ちなみに僕にとって建築とは、難解な世界というイメージ。というのも、大学で僕は木材の物理的性質や木造住宅について研究をしていたのだが、日々木材の耐久試験と物理計算に追われ、物理学が大の苦手な僕にとってそれは苦行でしかなかったからだ。

(少し脱線するが、ではなぜそんな道を選んだのかというと、森を理解し、その魅力を多くの人に伝えていくためには、森の恵みの最たるものである木材のことを理解しないことには始まらないと感じたからだ。修行は大学時代から始まっていたのである。確かに物理学はしんどかったが、この道を選んだことを後悔はしていない。)

 

話を戻すと、彼は建築の世界で木工を活かそうとしている。建築か、中々難しい世界から来たんだねと僕が笑いながら言うと、彼はすかさずこう言った。

「いや、建築は物理だけやっていればいいわけじゃないですよ。保育園を作るならば社会福祉にも詳しくないとだめだし、美術館を建てるなら芸術にも精通していなくちゃならない。建築とは、建物を通して社会をデザインすることなんです。」

なるほど、目からうろこが落ちた。僕が思っていた建築は、本当に氷山の一角でしかなかったようだ。

さらに彼は、建築を通したまちづくりに成功している地域をいくつか紹介してくれた。山形県金山町、富山県富山市八尾町など・・・いずれも、地元の木材を使って地元の大工が家を作り、それが地域の当たり前の風景になっているという。これらがどのような点でまちづくりになっているのかについては、僕自身もう少し勉強してみようと思う。特に八尾町はここ高山市からそんなに遠くないので、彼に案内してもらおうと思う。

 

その後も、いかに僕が建築のことを知らないかや、建築を通して町を作っていくことについて熱く語ってくれた。そして最後にこう付け加えてくれた。

「建築ははるか昔からの総合芸術なんです。レオナルド・ダ・ヴィンチが発明家としての側面を持っていたように、建築家、モノづくりをする人間は芸術家なんです。」

ああ、なるほど、その通りだ。僕は感動を覚えた。

僕が何となく思い描いている、モノづくりで地域を元気にするということ。そのためには、人の心を動かす「アート」とからのアプローチと、理論に基づいた「サイエンス」からのアプローチの両方が必要だと感じていた。そして、箱モノを作ることだけでなく、そこからの面的な広がりがあることも大切だと思っていた。

monono-aware.hatenablog.jp

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それを彼はしっかりと思い描き、言葉にしていた。常日頃思っていることだから、すぐに言葉として出てきたのだろう。モノを作って社会をデザインするとは、モノを通して人の心を動かすことだと、彼は改めて僕に気づかせてくれた。やっぱり畑の違う人との出会いはいいものだ。

建築は芸術か、いい言葉だ。生まれ変わったら建築の勉強も悪くないな、そう言ってみたら、

「いや、物理は絶対やらなきゃだめですよ(笑)」

アートはサイエンスを動かす。しかし世の中には、心が動くだけではどうにもならないこともある・・・。

退職してから変わったこと

前職を退職してから2週間が経ち、少しずつ自分の生活リズムが出来つつある。

新生活のドタバタもほぼ落ち着き、いくらか心にも余裕が出てきた。

今回は現時点で感じている心や体の変化をまとめてみた。

 

①睡眠の質が良くなった

前職のデスクワーク生活と比較して、モノづくりの生活はハードだ。基本的に立ちっぱなしの作業で、座るのは昼食時のみ。木工の世界ではこれが普通なのだが、運動不足でなまった体にはなかなか堪える。おかげで帰宅後、横になれば即、眠りに落ちる。そして朝まで目が覚めることはない。

思えば、前職時代はパソコンとにらめっこしてばかりで眼だけが疲れて体は疲れない生活だったため、はっきり言って眠りの質は悪かった。気持ちよく布団に入れる生活は最高だ。

 

②食事の量が増えた

体力を使う分、すぐに腹が減る。そして腹が減っては動けないし、集中力の乱れは製品の質を下げるだけでなく、ケガにもつながる。前職時代は最悪朝食を抜いても何とか仕事が出来たが、それはもう考えられない。朝からしっかりと食べ、昼の弁当も多めに作り、夕食が一番量が多くなる。

何より素晴らしいことは、何を食べても全て美味しく感じることだ。これに勝る幸せはない。

 

③同じ価値観を持つ仲間が増えた

人生のステージが進むにつれて、自分の周囲に価値観の近い人が増えていくことは、ブログでも何回か書いてきた(僕はこれを価値観のフィルタリングと呼んでいる)。工房にいる先輩方も同期も、年齢、出身、学歴、経歴、モノづくりをしたいと思うに至った理由も違うが、木でモノづくりをしてみたいという思いは共通している。そして、三者三様の視点が、多様なアイデアをもたらしてくれる気がしている。

モノづくりという夢を気兼ねなく語り合える人たちに囲まれて、精神的に満ち足りている。修行は厳しいが、工房に行くのは毎朝楽しみだ。

 

僕は、前職に就いたことを失敗だったとは思っていない。得られるものはたくさんあった。しかし、木工という道に舵を切ったことも後悔していない。

精神的にも肉体的にも充足している今、人生の中で感じる「本当の豊かさ」とはこういうことなのではないかと感じている。もっともっとたくさんの未知の世界に飛び込んで、自分の価値観を磨き上げていきたい。

飛騨高山の春は始まったばかりだ。

浜通りに原子力の学校ができる!

福島に、待望の学び舎誕生なるか。

 

東北大学が、浜通り廃炉放射線、防災について学べるキャンパスを設置するかもしれないという。

(NHKニュースリンク↓)

https://www3.nhk.or.jp/lnews/fukushima/20200410/6050009738.html

 

以前、「浜通り原子力の学校を!」という記事を書いた。いつか出来たらいいなと思っていたが、話は水面下で進んでいたようだ。

monono-aware.hatenablog.jp

 キャンパスは構想段階だが、寄宿舎や研究のための宿泊施設、病院も設置したいとのことで、研究者や学生が集中して研究に取り組むことが出来る環境が整いそうだ。

 

福島第一原子力発電所事故は、世界でも類を見ない原子力災害だ。最適解の見えない中で、手探りで進んでいる最中なのだ。

 

何度でも言おう、正しく理解し正しく恐れることが大切だと。その正しく理解するための学府がここ福島県浜通りにできることの意義は非常に大きい。事故後、原子力放射能について学びたいと思った若者はたくさんいる。これらを学ぶ上で、浜通りは最高の生きた教材だ。

 

国民の殆どが原子力発電により生まれるエネルギーを享受して生きている以上、だれも原子力の未来を無視することはできない。

東北大学浜通りキャンパスの誕生により、原子力放射能を、臭いものに蓋をするように見て見ぬ振りをするのではなく、より身近な存在として理解がされることを願う。

 

コロナウイルスで混迷を極め、暗いニュースばかりが流れる今日、少しずつ少しずつ、社会は変わり始めていることを知れて希望が持てた。

 

福島県の復興・再生はまだまだ続いていく。

職人の手

木工機械の使い方を教わるときは、教えてくださる先輩の手元を見る。もちろん、機械に対する体や刃物の位置関係、木材の挙動など、見なくてはならない物はたくさんあるが、最終的に目が行くのは「手」だ。

 

1週間前、木工を始めたとき、僕の手には傷がなく、柔らかい「綺麗な手」だった。そんな手が木工作業に耐えられるはずもなく、今では内出血や切り傷ができ、全体的に赤くなり、皮が剥けていたりする。

 

一方、先輩方の手は硬く、重厚感がある。僕たちが扱う木材は、ささくれ立っている、トゲの塊のような材料だ。木工機械への巻き込まれの恐れがあるため、手袋は着用しないし、手の平は敏感かつ優秀なセンサーであるため、素手で触れることで得られる情報も多い。

長年の木工作業で鍛え上げられた職人の手の平は、それ自体が一つの道具であるかのようだ。木を扱うプロの手として特化したそれからは「用の美」すら感じられる。思い返せば、幼いころ触れた父の手もそうであった。

 

自分の手は、2年後どのようになっているだろうか。世間を知らない箱入り娘のようなこの手は、生きていくための力強い手になれるだろうか。

 

先の見えない社会の中で、自然と人とをつなぐ手になりたい。