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飛騨にありて福島を思う

森が好きじゃない林業行政マンたち

森林ジャーナリストの田中淳夫氏のブログはよく拝見しているところであるが、2020年8月3日付の記事が、思わず膝を叩く内容だったので、紹介させていただきつつ、僕の思いを吐露しよう。

タイトルは「林野庁は教育官庁になる、か?」。内容は、林野庁と森林環境教育について。まずは以下のリンク先から一度是非ご覧いただきたい。

ikoma.cocolog-nifty.com

 

この記事の中で、深く共感した個所は、以下の通りだ。

林業現場でも、(潜在的に)森林なんか愛していなくて林業を金づるとしか思っていない人が大半なのだから。

森林ジャーナリストの「思いつき」ブログ 「林野庁は教育官庁になる、か?」

 

僕は木工を始める前、どことは言わないが林業系の行政機関に勤めていた。現場の事業体の皆さんが森林を愛しているかいないかは、僕には判断できかねるが、行政マン時代の経験を踏まえて、今こそ僕は言いたい。〇野庁の職員で、本当に森林のことを好きな人って少ないよね、と。

 

林〇庁は大きく「本庁」と「出先」で成り立っており、僕は「出先」に配属された。そこで気付かされたのが、そこにいたのは森林が別に好きでもなければ、林業を行政としてサポートしたいという情熱も持ち合わせていない人ばかりだったということ。正直言って、がっかりした。

 

もちろん、自然が好き、森林が好きで、林業界を何とかしようという気概にあふれた人は少なからずいたし、その人との仕事はとても楽しかった。ただ、国の林業行政は、そうではない多数の人によって運営されていた。

「この職場しか受からなかったから入った」

「山の中なんて仕事以外でなんか絶対入らないよ」

「登山が趣味?俺は絶対行きたくないね」

ベテラン職員だけでなく、中堅、若手職員すら口を揃えて言う職場は、田中氏の言葉を借りればまさに「絶望の職場」といった具合だった。

 

僕は、好きなことを仕事にしないということは、自分自身を無駄遣いしていることになると思うし、社会にとっても損失になると思っている。

どんなにテストの成績が優秀で、理屈を理解していたとしても、その物事を愛していなければ、それを愛している人には絶対に追いつけない。圧倒的な壁が存在するのだ。

行政マンは狭く深くより、広く浅く、幅広い守備範囲が必要で、仕事のえり好みは出来ない世界だという考えがあるのは分かる。多様な経験が積み重なって後々活きてくるという意見もあるだろう。しかし、スキルを積み重ねるには森林・林業という世界はあまりに広く、職業人生はあまりに短い。異動によってかつて経験した職種が再び回ってくる頃には、仕事のやり方も、世間を取り巻く情勢も大きく変わってしまっている。林野行政における広く浅く、の浅く、は、森林用語でいえば「Aゼロ層」程度の厚みしかないのである。

 

仕事に対する情熱もなければ、自然や森林のことを好きでもない、どうすれば定年まで何事もなく過ごせるかばかり考えている。いくら霞が関で政策を練っても、国有林行政の最前線がそんな人材で溢れていたら、トップダウンにすらならない。好きでもないことをやっている人間の集まりが、どうしてその世界を支え、変革していくことができようか。

 

田中氏が言うように、僕も「全体的に林野庁頑張れ」と言いたい。このままじゃ、日本の森林・林業は変わらず、現状維持が関の山だ。本来なら、林野庁には、国有林事業の適切な運営だけでなく、日本の森林・林業・木材産業に対する指導機関としてどっしり構えていくくらいの働きを期待したいのだ。なのに内部からバラバラでは・・・

 

林野庁の2020年度採用パンフレットにこう書いてある。

森林には無限の可能性があります。

私たちは森から人の未来を豊かにしたい。

この理念を持ち合わせた職員を集めるのは、そんなに難しいことなのか。

上司の働く姿で、若手職員が希望を持てる職場になることを願う。

 

(↓退職間際に書いた記事。ここでも不満がちらほらと・・・)

monono-aware.hatenablog.jp

 

 

 

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